キリストは再び来られます。使徒信条はこの信仰を「かしこより来たりて」と表現しています。キリストが再び来られるという約束は聖書に繰り返し記されています。確かにキリストの再臨がどのように起こるのかを思い描くことは困難です。しかし、その意味するところは今日の私たちにとって極めて重要です。
第一に、キリスト再臨の約束は、神があくまでもこの地上の世界に関心を向けておられることを意味します。天だけが神の世界なのではなく、地もまた神の世界なのです。ですから、私たちはただ天を見上げて立っていてはなりません。キリストが再び来られるこの地にしっかりと足をつけて生きなくてはならないのです。私たちがいかなる仕方であれ、この地上に生きているということは、神にとって重大な関心事であることを忘れてはなりません。決して自分の人生とこの世界を放棄してはなりません。
第二に、キリスト再臨の約束は、再び来られるキリストが私たちにとって未知なる御方ではないことを意味します。私たちはこの世の終末を怯えつつ待つのではありません。かつて神の義と愛を啓示してくださったキリストが再び来られることを待っているのです。それは神の義と愛の完成を待ち望むことに他なりません。キリストが二千年前に来られたのは、私たちに救いをもたらすためであったことを私たちは知っています。ならば、キリストの再臨を待ち望むということは、まさにその救いの完成を待ち望みつつ、喜びをもって生きることに他ならないのです。 (清弘剛生)
ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。 使徒言行録1:11
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